「大衆社会」「全体主義」「ナショナリズム」は近現代を理解するためには避けては通れない概念があります。
たまに聞いたり話したりはすると思いますが、実際は雰囲気で理解していませんか?
今回は「農村社会から工業社会への変動」の切り口から、工業社会がどのように人間や世界を変えていったのかを説明して,近代特有の3つの概念を紹介したいと思います。
3行で覚える歴史のおおまかな要素
- 産業化によって農村社会から工業社会へ移行
- 農業技術の発展により少人数で広い畑を耕すことができ、農家の次男や三男は農業食べていけなくなる
- 工業化が進む都市部では大量の労働者が求められていたので都市に出る
農村社会と工業社会の違い
ではどんな変化が起こったのかを比較しながら説明していきます
農村社会の場合
農村では農家の次男や三男も農業コミュニティの一員です
コミュニティ内では地縁や血縁が重視され、親から継がれた家業を取り組むことは決まっています。
仕事のスキルは両親や師匠といった親密な関係性のもとで獲得していました
さらに家業を取り組むことが価値ある行為とみなされているので取り組むべきことが見えないなんてことはありませんでした
工業社会の場合
工業社会の労働者となると、替えのきく労働者として扱われます。
個人と個人の契約での関係でしかありませんでした
替えがきくから交替ができます。
農村と違って同じ工業社会の労働者であっても強いつながりはなく、社会の拠り所を失ってしまいました。
その代わりに「自由」がありました。移動は自由になりました。
ただ別の側面からみると自分の土地や生産手段をもたないが故の自由なのです。
労働力を売るしかなくなってしまったのです。
個性を剥奪するための近代教育
農村からでてきたばかりの人たちは、訓練されていないので工業社会の労働者として使いにくいです。
つまり農村からでてきたばかりだと替えの利く労働者にすらなれないのです。
使えない労働者を使えるようにするために「学校教育」がありました。
【学校教育で習得させたいこと】
・人の話をじっと聞く
・号令をかけたら従う
・決まった時間、命令通りに同じ作業をおとなしく続ける
・一つの専門から別の専門へ再訓練して活躍するための資質
→専門教育ではなく全体的な訓練が工業社会のどこでも通用するための共通の土台となります
工場の労働に向いた人々を生み出すために学校教育が進めらました。
また同時に人間の感性や個性も規律にとって邪魔なものとされ奪い去られたのです。
工業社会のための近代教育が生んだ人間とは
工業社会によって、自分の土地や生産手段がないため、縛られることもなく自由に動ける「拠り所のない」人々が生まれました。
「私」を形作る土壌を失ってしまった根なし草でそれぞれがバラバラなのです。
そして近代教育によって代替可能な均質な人間が生まれました。
均質でバラバラな個人が工業社会になったことで生み出されたものです。
「大衆社会」「全体主義」「ナショナリズム」に関する説明を簡単に
それでは 「大衆社会」「全体主義」「ナショナリズム」 について触りだけ引用等で紹介します。
「大衆」とは、自分が意味ある存在として位置づけられる拠り所のような場所なき人間のことです。自分が寄って立つ場所がなく、だれがだれなのかの区別もつかないような
100分de名著 オルテガ 大衆の反逆
個性を失って群衆化した大量の人たち。それをオルテガは「大衆」を呼びました
『全体主義の起源』で指摘したかったのは、ヒトラーやアイヒマンといった人物たちの特殊性でなく、むしろ社会のなかで拠り所を失った「大衆」のメンタリティです。
100分de名著 ハンナ・アーレント 全体主義の起源
現実世界の不安に耐えられなくなった大衆が「安住できる世界観」を求め、吸い寄せられていくーその過程を、アーレントは全体主義の起源として重視しました
ナショナリズムに関してはいい引用が見当たらなかったので「民族とナショナリズム」を要約します。
ナショナリズムとは国家と民族が一致しなければならないとする政治的原理をいいます。
「民族とナショナリズム」の要約
「国家と民族が一致が阻害されることで生まれる怒りの感情」や「国家と民族の一致が実現しているときの満ち足りた感情」がナショナリズムを推し進める原動力であるのです。
さて「民族」とナショナリズムの関係について説明を加えます。
近代教育は国家によって整えられます。
近代教育の過程で国家の領域内での言葉の標準化も行われました。そうすると文化的にも同質性を感じられるようになります。
「自分たちの集団の輪郭がみえるようになったら、共通する部分でまとめあげたい。」
そんなナショナリズムの苗床のような感情が強まるといつの間にか文化的な同質性を「民族」にしてしまったのです。
最後に
農村社会から工業社会へ変動が「学校教育」と絡んで均質でバラバラな個人を生み出し、その後の近代特有の問題へとつながっていくのです。
「現実世界の不安に耐えられなくなった大衆が安住できる世界観を求め、吸い寄せられていく」
今も起きていることですよね。今をしっかりとみるためにも過去の歴史を学ぶ必要があります。
せっかく学ぶなら歴史の「結果」を教訓にするのではなく、「流れ」を教訓にしましょう。
もしこういった視点の考察に興味があるなら「100分de名著」が当時の書籍をわかりやすく解説しているのでオススメです!
コメント